嵯峨山大覚寺 門跡

さがさん だいかくじもんぜき

真言宗大覚寺派大本山

 

  本尊 不動明王を中心とする五大明王(重要文化財)
真言宗十八本山 第5番札所
近畿三十六不動尊霊場 第13番札所
神仏霊場巡拝の道 第89番札所

〒616−8411
京都市右京区嵯峨大沢町4
пD075−871−0071


縁起

 大覚寺の正式名称は「旧嵯峨御所大覚寺門跡」といい、真言宗大覚寺派の本山で、心経写経の根本道場・いけばな嵯峨御流の総司所でもあります。門跡寺院とは、天皇または皇族が住職に就かれた寺院のことで、大覚寺は遠く平安の昔、嵯峨天皇の離宮として建立され、当時は嵯峨院と呼ばれ、弘法大師(空海)も幾度も立ち寄られました。その後、嵯峨天皇の皇女正子内親王が清和天皇に上奏して仏寺に改め、嵯峨天皇の孫にあたる恒寂入道親王が初代の住職に就かれました。南北朝時代には南朝の御所となり、ここで争いに終止符を打つ講和会議 《注1384年(元中元年)》が開かれました。また、現在では、近畿三十六不動尊霊場の第十三番札所として全国各地から参拝者が訪れます。

(大覚寺パンフレットより)

 嵯峨天皇(大同4年(809)に即位)が大覚寺の前身離宮嵯峨院を建立。
 弘法大師空海は嵯峨天皇に多くの恩寵を賜り、弘仁7年(816)には高野山開創の勅許、同14年(823)には東寺の下賜、真言宗の立教開宗に至る。その嵯峨天皇の信任を得ていた空海が、離宮内に五大明王を安置する堂を建てたのが起源とされる。弘法大師空海のすすめにより嵯峨天皇が浄書された般若心経を勅封(60年に1度の開封)として奉安され、般若心経写経の根本道場として知られるようになる。 (開基は嵯峨天皇になる)

 嵯峨院から貞観18年(876年)恒寂(ごうじゃく)入道親王(淳和天皇第2皇子)を開山として大覚寺を開創。
(離宮を寺に改める)

 大覚寺は、いけばな発祥の花の寺で「嵯峨御流」の総司所(家元)。
 嵯峨天皇が、嵯峨院を造営した際に作庭した現存する日本最古の庭池「大沢池(名勝)」の菊ヶ島に咲く野菊を手折り、器にいけ「後世、花を賞づるもの、宜しく之をもって範とすべし」と述べられたのをはじまりという。

○ 明治時代初頭まで、代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた門跡寺院。
○ 正式名 旧嵯峨御所大本山大覚寺
○ 別称 嵯峨御所・大覚寺門跡
○ 写経と花(生け花)の寺
○ 本尊 五大明王
 不動明王、降三世(ごうさんぜ)明王、軍茶利(ぐんだり)明王、大威徳(だいいとく)明王、金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王
○ ご詠歌  もろもろの 病すくひし 御仏を わけてたのめよ この世のちの世

 

交通  JR・近鉄京都駅、京福電鉄・阪急嵐山駅よりバス 大覚寺下車

大覚寺写真

正面入り口
大門

宸殿
唐門と庭
中庭
正寝殿
霊明殿
襖絵
一室
入場半券

地図

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