五大堂と雄島

(日本三景松島にある瑞巌寺の鎮守)

 
 

五大堂 国の重要文化財
  東北三十六不動尊霊場 第二十八番札所

 瑞巌寺が管理するお堂。807年(大同2年)の創建。坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初。828年(天長5年)慈覚大師円仁が延福 禅寺(後の瑞巌寺)を開いた際、「大聖不動明王」を中央に配置し、「東方陣三世」、「西方大威徳」、「南方軍多利」、「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置 したことから、五大堂と呼ばれるようになった。現在の建物は1605年伊達政宗が紀州の工匠を招いて再建した 東北地方最古の桃山建築。単層宝形造、本瓦葺。軒まわりの蟇股に、方位に従って十二支の彫刻が配してある。本尊は秘仏で33年に一度開帳され 、最新のご開帳は2005年。

 中ノ島に瑞巌寺鎮守の松島八幡神社がある。

所在地
宮城郡松島町松島字町内111
最寄り駅
JR仙石線松島海岸

   

五大堂

  五大堂は海岸に突出た五大堂島の上にある松島のシンボル。現在の建物は1605年伊達政宗が紀州の工匠を招いて再建した 東北地方最古の桃山建築。単層宝形造、本瓦葺。軒まわりの蟇股に、方位に従って十二支の彫刻が配してある。

左 松島八幡神社
 (五大堂中ノ島に建つ
瑞巌寺鎮守の一つ)

雄島 瑞巌寺鎮守

 慈覚大師が延福寺(後の瑞巌寺)開山のとき、松を千株植え、法域安護の目標にしたといわれている雄島。 もともとは真言密教の修業の場であったらしい。瑞巌寺境内と同じように岩窟がたくさんあり、多くの僧がこの島で修行をしたらしい。

 松尾芭蕉がみちのくを探索したさいに雄島にも立ち寄った。「雄島が磯は地つヾきて海に出たる島也。雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有」。松尾芭蕉の「朝よさを誰まつしまぞ片心」の句碑がある。

 写真中央の建物は雲居禅師の座禅堂。 雲居禅師は土佐の人で、寛永13年伊達忠宗の代に招かれた臨済宗妙心寺派の禅僧 で、瑞巌寺の七堂(山門・仏殿・法堂・僧堂・庫裏・浴室・東司)を整備した中興の祖。

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