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千葉寺
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千葉市文化財 千葉寺境内 指定昭和35年3月31日 縁起では、和銅2年(709)東国巡錫中(じゅんしゃくちゅう)の行基(ぎょうき)が池田郷の池で千葉(せんよう)の青蓮(せいれん)に霊を感じ、丈六(じょうろく)の十一面観音像を刻み、その話を聞かれた聖武天皇(しょうむてんのう)の勅令により堂舎を建立(こんりゅう)(東方約1qの観音塚と伝えられる)し、海上山歓喜院青蓮千葉寺(かいじょうさんかんぎいんしょうれんせんようじ)と称したという。永暦(えいりゃく)元年(1160)雷火で伽藍(がらん)を焼失し現在地に移転する。この頃より千葉氏の厚い信仰を受けるようになったと伝えられています。 昭和25・27年の発掘調査で、旧寺の境内は70間(約126m)四方であったと推定され、奈良時代の瓦が出土したことから永暦以前にすでに大伽藍がここにあったと考えられる。現本堂は昭和51年落成であるが、仁王門(におうもん)・鐘楼(しょうろう)は文政11年(1828)の建築です。 寺は真言宗で、十一面観音(じゅういちめんかんのん)を本尊とし、坂東(ばんどう)33ヶ所観音札所(ふだしょ)の第29番目で、巡礼者で賑(にぎわ)い、戻(もど)り鐘や千葉笑(ちばわらい)の奇習伝承を残し、境内には歴史上の記念碑も多く、本市の歴史上重要なところです。 (平成十年三月 千葉市教育委員会) |
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千葉笑い(ちばわらい) 一年に一度お面をかぶって他人の善くない事をあげつらうわけです。 |
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