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大坊本行寺
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| 日蓮聖人御入滅(御臨終)の霊跡。 生誕の地「誕生寺」、修行・布教の地「身延山久遠寺」とともに日蓮聖人3大聖地の一つ。 1282年(弘安5年)日蓮聖人が入滅された池上宗仲公の館跡。日蓮入滅翌年の1283年(弘安6年)に宗仲公が土地・館を日朗の弟子日澄に寄進されて本行寺が開創された。日蓮聖人が最後の講義をされたときの「お寄り掛かりの柱」や、亡くなられるとき一斉に花が咲いたと伝えられる「お会式桜」が境内にある。 なお、「大坊」という呼び名は、池上本門寺の支院並びに末寺を代表するお寺であるという意味の尊称である。 補足 ◎ 大坊本行寺は池上右衛門大夫宗仲公の館内の持仏堂を起源とする。理境院、照栄院と共に池上三院家の1つ。 ◎ 日朗は、日蓮聖人(1222〜1282)本弟子六人(日昭、日朗、日興、日向、日頂、日持)の一人。 ◎ 日蓮聖人御入滅は、1282年(弘安5年)10月13日 御年61歳。 ◎ 日蓮聖人が入滅されたお部屋の跡に建てられたお堂を特に「ご臨終の間」とよび、昭和十一年三月、東京都の史跡に指定されている。「お寄り掛かりの柱」に寄り掛かり立正安国論を御講義されたという。堂内には 、日蓮聖人自らが鏡を見て御自刻されたという「自鏡満願の祖師像」や「池上宗仲公御夫婦像」を安置している。 |
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| 大坊本行寺写真 大坊坂 大坊本行寺赤門 赤門扁額 毘沙門堂と稲荷社 日蓮聖人旅着堂 旅着堂額 大坊本行寺本堂 本堂扁額 日蓮聖人臨終の間 鶴林庭 宝塔(御灰堂) 宗祖御灰骨堂 御硯井戸 御硯井戸扁額 お会式桜 |
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| 大坊本行寺写真解説 大坊坂 池上本門寺多宝塔の横の坂。 『新編武蔵風土記稿』に「大坊坂方丈の右の坂なり、大坊へ行く道なればこの名あり」と記されている。本門寺山内西隅の石段坂で坂下に大坊と呼ばれる本行寺がある。 日蓮聖人旅着堂 旅姿の日蓮聖人像が安置されています。 日蓮聖人臨終の間 お堂の名前自体が「臨終の間」。日蓮上人入滅の旧跡です。日蓮聖人が最後の講義をされたときの「お寄り掛かりの柱」に触れることも出来ます。 鶴林庭 ご臨終の間の裏庭になる。ちゃんとお参りしてから庭園を見てねと但し書きがあります。 宗祖御灰骨堂 日蓮聖人のご遺体を荼毘(だび)に付した際の御灰を安置してあります。 御硯井戸 日蓮聖人はこの井戸の水で墨をすり手紙を書かれたそうです。 お会式桜 日蓮聖人がご入滅されたとき、庭の桜が季節外れの花を咲かせました。現在も旧暦の10月(今の11月〜12月)に花を咲かせています。(私が訪問したのは11月28日。少しだけ咲いていました。) お会式の時、万灯に桜の花をかざるのはこの故事に由来しています。 |
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