法輪寺
ほうりんじ

奈良県生駒郡斑鳩町三井1570

交通 JR王子・近鉄筒井駅よりバス、中宮寺前徒歩15分

法隆寺より徒歩15分位

法輪寺拝観案内抄より

1、沿革 (「法輪寺大鏡」を参考)

  法輪寺は、斑鳩の里でも北方にあって、土地の名に拠って、三井寺ともよばれています。三井の地名は古く、聖徳太子が飛鳥の里より三つの井戸を、この地におうつしになったところから起ったと伝えています。
当寺の創建につきまして、一には聖徳太子の御子・山背王がご建立せられたと伝え、『聖徳太子伝暦』並『太子伝補闕記』には、百済開法師・円明師・下氷新物等三人合力して、造寺されたと説いております。伽藍配置は、法隆寺式で、昭和二十五年、石田茂作博士により発掘調査され、法隆寺西伽藍の三分の二の規模であることが判明し、また出土した鐙瓦の蓮華文、宇瓦の忍冬唐草文までが、法隆寺のそれとよく似ています。
法輪寺が現在のような規模になりましたのは、江戸時代の正保二年の台風によるものです。伝えるところでは、金堂、講堂、中門、廻廊、食堂等、諸宇、悉く倒壊し、ただ、三重目を吹き飛はされた三重塔が残ってあったということです。元文二年宝祐上人が、復興に着手され、三重塔が修理され、金堂、講堂等が新しく建てられましたが、昭和十九年に至り、またしても雷火にて三重塔が焼失しました。
斯く重なる悲運に遭遇しましたが、昭和の各位のご支援で昭和五十年四月再び甦りました。
 

2、主な宝物案内

薬師如来坐像 ― 飛鳥時代 重文 金堂の本尊で、山背王御一族の現世利益を祈願して造られたと伝えます。樟樹の一木。
虚空蔵菩薩立像 ― 飛鳥時代 重文 左手には宝瓶、右手は屈臂仰掌しておられ、観音菩薩と称すべきでしょう。樟樹の一木。
十一面観音菩薩立像 ― 平安時代 重文 講堂の本尊で大きな眼、太い眉、厚い唇には、平安前期の特色がうかがえます。杉の一木。
弥勒菩薩立像 ― 平安時代 重文 寺伝で聖観音となっておりますが、持物の蓮華の花の上に塔を載いておられますところから弥勒と称されるようになったのでしょう。桧の一木。
地蔵菩薩立像 ― 平安時代 重文 もと、彩色像で、顔には胡粉、法衣には朱のあとが残っています。桧の一木。
吉祥天立像 ― 平安時代 重文 荷葉座に立たれ、やはり彩色されていたあとがみられます。杉の一木。
米俵乗毘沙門天立像 ― 平安時代 講堂に安置されていたようで、米俵の由来は、二俵の米俵に乗っておられる故でしょう。上部樟木、下部は桧、杉の寄木。
鴟尾瓦 ― 飛鳥時代 重文 大講堂の鴟尾で下部は闕けていますが飛鳥時代の代表的な鴟尾の一つです。

その他の宝物

釈迦如来坐像(木彫・平安時代・県指定文化財)
四天王立像(木彫・平安時代)
揚柳観音立像(木彫・平安時代)
妙見菩薩立像(木彫.平安時代・秘仏)
龍鬢褥(飛鳥時代・重要文化財)
舎利容器(銅製・白鳳時代・重要文化財)
宝塔文磬(銅製.・平安時代・重要文化財)

 

年間行事

2月3日

4月15日

11月上旬

星祭り祈祷

妙見会式(秘仏妙見菩薩特別開扉)

秋季特別展

法輪寺 写真と解説