(1133〜1212)
浄土宗宗祖
年表
| 1133年 | 岡山美作の武士の家に生まれる | |
| 9歳 | 出家 | |
| 15歳〜 | 比叡山にのぼり25年にわたりひたすら経典研究にはげむ。「智慧第一の法然房」と呼ばれるまでになった。そのなかで善導の 『観経疏(かんぎょうしょ)』にある「一心専念弥陀名号」に感銘を受け、念仏をひたすら専修することを選びとり、さらに源信の『往生要集』がきっかけとなって、 新宗をおこすことを決意した。 | |
| 43歳 | 比叡山を下り、東山の吉水で“阿弥陀仏の名号を称えれば、末世の名もなき人々もそのまま往生をとげ、阿弥陀仏の救済にあずかれる “という専修念仏の教えを説いた。 | |
| 66歳 | 『選択本願念仏集』を著し、ついに浄土宗を開宗 | |
| 1207 | 土佐へ流刑 | |
| 1212 | 法然御入寂 |
専修念仏の教え
| 自己革命→ 法然は、多くの仏の教えのなかから、口称念仏の一行(本願の念仏)だけを選びとっている。
法然が開いた浄土宗の教えは、阿弥陀如来の誓いを深く信じ、南無阿弥陀仏を称えることによって、どんな愚かな罪深い者でも、一切の苦悩から救われ、また、
いまあるそのままの姿で立派な人間へと向上し、浄土に生まれることができる。(悟りをひらき自己を変革できれば、自分の生きているところが浄土になる) 社会革命→ 末世の劣悪な者は、自分の力に頼った修行で悟りを開くことは不可能である。だから仏の力にすがって末世浄土に往生するしか方法はなく、いまは称名念仏で苦悩 多き現実を越えることが大切で、ついには浄福の来世に生まれることができ、そこでこそ成仏(悟り)できる。 (浄福の来世とは死後の事ではなく変革後のみんなが幸せに生きれる社会) |
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