寛慶寺

[善光寺山内寺院]

 

 

 
 このお寺は、浄土宗鎮西派に属し総本山知恩院の末寺にして、寿福山無量院寛慶寺と云います。

 はじめ、治承四年(1180)九月栗田城主 、戸隠山顕光寺(現戸隠神社)別当栗田範覚に依り栗田の地にお寺が建てられ栗田寺と云いました。
  栗田氏は代々戸隠山別当を世襲し寛覚の代に至り、鎌倉幕府より更に善光寺別当をも任じられました。以来、代々、善光寺・戸隠両山別当を世襲しました。
  栗田寛慶、明応五年(1496)十二月没するとその子寛安は、父の遺言に依り栗田寺を善光寺東門(現在地)に移し、父寛慶の名を以て寺号といたしました。
 天正十年(1582)洞誉春虎どうよしゅんこ和尚を招じ開山第一世とし、以来二十世四百年連綿法灯を継承し、布教伝道社会教化に努めてまいりました。
 本堂に戸隠伝来の仁王尊(長野市宝)を安置しております。 (解説石板より)

長野市東之門町406 善光寺東門横隣

 

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