新たに伝来した仏教を支持する蘇我氏と日本古来の宗教を推す物部氏の
仏神代理戦争において、聖徳太子は仏教の守護神、四天王に祈願して戦いに勝利する。戦乱が収まったあと、聖徳太子は摂津の玉造の岸の上に堂宇を建立して
四天王の像を安置、その後推古天皇の元年(593)、現在の地に移され、荒陵山四天王寺と名づけられた。
難波の荒陵の地に国家鎮護を願い、難波の港に面して国威を誇示するため建立した我が国最初の官寺である。
伽藍堂塔は中門、五重塔、金堂、講堂を南北に一直線に並べ、それを回廊が囲む四天王寺式伽藍配置とよばれるもの。現在の堂塔は、戦後、聖徳太子創建当時の
四天王寺様式に従って復元されたもので、耐火、耐震、耐風の鉄筋コンクリート造り。他に、境内に多数の堂・像がある。 |
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四天王寺でご朱印を戴く霊場札所
西国三十三観音霊場 番外
新西国霊場 第一番
近畿三十六不動尊霊場 第一番
西国薬師四十九霊場 第十六番
四国八十八カ所霊場 番外
法然上人二十五霊場 第六番
おおさか十三佛霊場 第四番
大阪七福神霊場 布袋尊
西国新西国七福神 布袋尊
摂津国三十三所霊場 第三十三番
聖徳太子御遺跡 第一番
河内飛鳥霊場 第一番
摂津八十八カ所霊場 第二十五番
西山国師十六霊場 客番札所
なにわ七幸めぐり 第七の幸 |