粉河寺
(こかわでら)
山号 風猛山(ふうもうざん)
粉河観音宗総本山
本尊 千手千眼観音菩薩
開基 大伴孔子古
創建 宝亀元年( 770年 )
西国三十三箇所観音霊場第三番札所
御詠歌
父母の 恵みも深き粉河寺 仏の誓い 頼母し(たのもし)の身や
770年(宝亀元年)、領主の大伴孔子古(おおとものくじこ)が風猛山で獣を追っていると山中で霊光
に遭遇する。孔子古はこの地(現在の本堂の場所)に草庵を結んだと伝えられている。この小堂に童男大士(どなんだいし・子供の姿
をした修行者)が一夜の宿を求め、孔子古の望
んでいる仏像を七日間で刻んで姿を消す。その仏像は、金色に輝く千手観世音菩薩(本尊)になったという。
孔子古は童男大士こそ観世音の化身と考え、以後、殺生をやめ供養礼拝したといわれる。この草創の縁起は「粉河寺縁起(国宝)」という紙本著色絵巻に描かれている
そうだ。
鎌倉時代には七堂伽藍が整い、以後隆盛をきわめるが、1585年(天正13年)、豊臣秀吉の紀州根来寺攻めにより、粉河寺も全山焼失する。
現在の堂宇は江戸時代の再建が多い。
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