大伝法堂

 根来寺を総括した本堂。中央に大日如来 像(大きさは約5m)、左脇仏に金剛サッタ、右脇仏に尊勝仏頂尊を安置。大傅法堂は、 根来攻めの時に焼失を免れ、秀吉は京都紫野大徳寺の文蔵主に管理を任せました。文蔵主は何を勘違いしたのか解体して紀の川 、大阪湾を伝い淀川をさかのぼって京都へ向かいました。淀川の河口で止められて、そこが今の伝法町だといわれています。現在の大傅法堂は文政十年(1827年)に再建されたもの です。