槙尾山 施福寺

まきおのさん せふくじ

西国三十三箇所第4番
和泉西国三十三箇所第1番
西国愛染十七霊場第15番
神仏霊場 巡拝の道 第52番

住所 〒590-02 大阪府和泉市槙尾山町136

宗派 天台宗
本尊 弥勒菩薩 (観音霊場本尊 十一面千手千眼観世音菩薩)
開基 行満上人
開創年 欽明天皇(539〜571)の時代
御詠歌 深山路(みやまじ)や檜原(ひばら)松原わけゆけば巻の尾(まきのを)寺に駒ぞいさめる

縁起  施福寺は欽明天皇の時代に、天皇の病気治癒の勅願により行満上人によって開かれ、弥勒菩薩を安置したのが草創とされている。かつては真言宗の寺として栄えた 。織田信長の兵火に遭い、その後、豊臣秀頼によって再興された。徳川家の援助を受け江戸時代初期には天台宗に改宗。本尊も当初、弥勒菩薩であったのが、後に、行基の弟子である法海が観世音菩薩を刻んで本尊としたという。 本尊は秘仏になっており、年に一度開扉されている(5月1日〜15日御本尊開扉開帳法要)。
 行基菩薩もここで修行したと伝えられ、また、春日山岩淵寺の勤操(ごうぞう)大徳僧都のはからいで、弘法大師空海が訪れ寺で修行し、この場所で剃髪し得度したという愛染堂や、虚空蔵求聞持法を修した虚空堂(女人禁制)、大師堂などがある。大同2年(807年)唐より帰朝後、 再び訪れ、入京が許されるまで約2年間、寺に籠もり真言宗を開くための思索を行ったともいわれている。いわば、空海が青年期自らの思想を形成する為にもっとも縁の 深かった寺であり弘法大師信仰の中心となるべき寺の一つである。

 「馬頭観音」が本堂の裏手、本尊と背中合わせの位置に祀られている。(必見)

 徳道上人によって創始された西国霊場を再興した花山法皇が、粉河寺からこの施福寺に向かっていたとき、日が暮れ道に迷って困っていると、 馬が現れ花山法皇を道案内したという伝説がある。境内に観音馬像がある。

 境内からは葛城山、金剛山などの山並みを望むことができ眺望は素晴らしい。また、バス停の前に「満願行の滝」があり空海や役の行者が祀られている。

交通アクセス
南海本線泉大津駅・泉北高速和泉中央駅下車 槙尾山口行きの南海バスで槙尾中学校前で下車、南海高野線「河内長野駅」から2系統「槙尾中学校前」行きで終点下車。槇尾山シャトルバスに乗換え 終点『槇尾山』で下車。

慎尾山施福寺写真旅行

施福寺 境内へお進み下さい

     

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