(唯識宗ともいう)
中国十三宗、南都六宗の一
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4〜5世紀のインドの仏教学者、弥勒(みろく)・無着・世親が開立した瑜伽(ゆが)派の教理を戒賢論師らが整理し、それを苦難の旅行をして学んだ中国・唐の玄奘三蔵の弟子慈恩大師が宗祖。『成(じょう)唯識論』『解深(けげん)密教』を基礎として開宗した。 法相とは一切存在の現象の姿、あらゆる現象(相)は唯(ただ)人間の心のはたらきの反映であるとする。 万有は唯識の変化であり、阿頼耶識(あらやしき)以外に何も存在しない 。 あなたがいるからこの世は(宇宙は)存在する。あなたの考え方や行いで全てが変わる。 日本へは653年法興寺(元興寺)の道昭が入唐して玄奘三蔵に唯識法相を学んで帰朝、さらに興福寺の玄ムも伝来した。大本山は興福寺、薬師寺 (聖徳宗をつくるまでの法隆寺、北法相宗をおこすまでの清水寺) 玄奘三蔵・・・『西遊記』の三蔵法師で知られる。629年にインドへ経典を求めて出発、17年間インドで学んで唐へ帰り唯識を広めた。 薬師寺に三蔵が旅をしたシルクロードの大壁画があり、豆粒のように三蔵が描かれている。さがしてみよう。(公開日に注意) 唯識・・・あらゆるこの世の存在やできごとは自分自身の心の働きによって、仮に現わされているに過ぎない。だから、この世は自分の心を離れては存在せず、心はこの世のすべての本体として唯一の実在するものだと考える。識とは形や概念を認識する働きを持つ眼・耳・鼻・舌・身・意の六識と、自我意識を認識する末那識(まなしき)・阿頼耶識の八つを指す。 阿頼耶識・・・すべてを認識する根本的な識。無限大の容れ物という意味を持ち、身業、口業、意業のすべてがここに経験として蓄えられている。 北法相宗(清水寺)・・・「北」は、南都での北寺(=興福寺)の法相宗に立脚するとともに、南都・奈良に対して北の京都にある法相宗という意味。 |