宗祖・・・栄西
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中国の唐代に臨済という僧が開いた禅宗の一。 釈迦は、輪廻転生から解脱して、涅槃(永遠の安らぎ)を得るために苦行をしたが、苦行では達成できず、坐禅を組んでヨーガの行により自らの自己に目覚め悟りを得た。こうした坐禅によって悟りを得るインドの禅を中国に伝えたのが禅宗の初祖、菩提達磨大師。達磨大師はインド僧で、6世紀の中頃、仏教布教のために海路中国に渡る。中国各地で禅を教えたが、洛陽の嵩山少林寺で壁観(壁に向かって座禅すること)をして、“心が本来清浄であると悟ることが仏の教えである“と主張するにいたった。この菩提達磨を祖師として中国禅は始まる。その後、慧可(エカ)、僧サン(ソウサン)、道信(ドウシン)、弘忍と継ぎ、弘忍の弟子神秀と慧能が出ます。そして中国禅を大成したのがこの六祖慧能です。慧能の門下に南岳懐譲があり、その弟子百丈懐海は「百丈清規」を著し禅院の制度を確立する。その後、数々の僧が輩出する。そのうち臨済義玄が中国臨済宗を開いた。また洞山良价、曹山本寂師弟によって曹洞宗が始まる。この唐の時代、禅宗の流れをくむ宗派は「五家」といわれ、臨済宗を含め、雲門宗・潟仰宗・法眼宗・曹洞宗があり、その隆盛を誇った。 日本へは、鎌倉時代に栄西によって伝えられ、幕府の保護をうけ、武士の間にひろまった。室町時代に幕府は、全国の禅寺を統制するため、夢窓疎石らの協力で五山十刹制度が設けられた。鎌倉時代日本に伝えられた臨済宗看話禅(かんなぜん)の流れは 、江戸時代に入り、白隠慧鶴によって独自の公案体系による臨済禅として確立された。白隠禅は、単に観念や思想にとどまらず、「今、ここにいる」という現実存在としての自己の問題を解決するための実践修行を重んじる。以後日本の臨済宗はすべてこの白隠の法を受け継いでる。 看話禅(かんなぜん)− 中国宋代に五祖法演とその弟子で碧巌録を著した圜悟克勤が確立。前時代の優れた禅僧の言葉や行為を記したもの(古則)を用い、参究の課題として師から弟子に与えられる公案によって悟ろうとする修行禅。臨済宗が今もその流れを伝えている。 臨済宗の教義は、「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」で表される。 不立文字―仏の道はことばや文字ではない。 教外別伝―心から心に伝えられるものである。 直指人心―衆生の心と仏心とはもとは一つであるから、仏を外に求めるのではなく、自分自身の中に求めなければならない。 見性成仏―悟りとは、ただ自己のありさまを徹底して見、識ることのほかにない。
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臨済宗各派 (明治以降14派)
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臨済宗紹介寺院
| 龍安寺 | 妙心寺派 | 石庭で有名な禅苑の名刹。世界遺産古都京都の文化財 | |
| 鹿苑寺( 金閣寺) | 相国寺派 | 相国寺の山外塔頭。世界遺産古都京都の文化財 | |
| 慈照寺(銀閣寺) | 相国寺派 | 相国寺の山外塔頭。世界遺産古都京都の文化財 | |
| 瑞巌寺 | 妙心寺派 | 伊達政宗建立の日本三景・松島にある名刹 | |
| 瑞巌寺・五大堂 | 妙心寺派 | 松島海岸にある瑞巌寺のお堂。東北三十六不動尊 | |
| 圓通院 | 妙心寺派 | 日本三景・松島にある伊達家ゆかりの寺 | |
| 達磨禅寺 | 南禅寺派 | 聖徳太子ゆかりの古刹 | |
| 南宋寺 | 大徳寺派 | 大阪府下唯一の臨済宗専門道場 | |
| 高台寺 | 建仁寺派 | 北の政所ねねの創建による豊臣秀吉の菩提寺 | |
| 法観寺 | 建仁寺派 | 八坂の塔で知られる京都東山にある聖徳太子建立の寺 |