◎ 葛飾区指定有形民俗文化財
題経寺(柴又帝釈天)
だいきょうじ(しばまたたいしゃくてん)
諸堂内及び二天門にてんもん
建築彫刻一括
所在地 柴又七丁目10番3号
登録年月日 平成4年2月5日
帝釈堂、祖師堂、二天門、には多くの木彫による建築浮彫装飾が施されています。特に帝釈堂は設計林門作、棟梁坂田溜吉の指導のもとに作られました、内陣外側の胴羽目(どうはめ)彫刻10枚は法華経説話を題材にして、加藤寅之助・金子光清・木嶋江運・石川信光・横谷光一・石川銀次郎・加府藤正一・山本一芳・今関光次・小林直光等の彫刻師により制作されました。大正12年(1923)9月、それぞれの彫刻師のもとに運ばれていた欅の彫刻材は、関東大震災によって、すべて焼失しました。その後欅材を全国に求め、発願から十数年の歳月を費やし、10枚の胴羽目彫刻は昭和9年に完成しました。
彫刻の下絵は高山栄州が描いています。胴羽目の寸法はそれぞれ縦1.27m、横2.27m、厚さ20cm襖(ふすま)一枚の大きさです。
他堂や二天門の内外に、施された彫刻も、同じように貴重なものです。葛飾区立教育委員会 |
◎ 葛飾区指定有形民俗文化財 帝釈天出現由来碑
所在地 葛飾区柴又7丁目10番3号
指定年月日 昭和57年2月13日
この碑は、安永8年(1779)題経寺本堂改修の時発見した日蓮上人自刻の帝釈天板本尊を後世に伝えるため、弘化2年(1845)俳人 鈴木松什および壇徒 石渡忠右衛門等などが協力し、その由来を記し、併せて帝釈天の功徳を述べている。
碑の総高は、1.48メートル、撰文は宮沢雉神遊、書は荻原翬、刻者は窪世昌である。題経寺縁起の整ったものは、明治29年(1896)に作成されたが、本碑は、それ以前における由緒資料として貴重である。
葛飾区立教育委員会
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碑文読み取り難く写真掲載はカットしています。) |