柴又帝釈天 題経寺

正式名 経栄山 題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)

 
 葛飾・柴又、車 寅次郎(フーテン寅)が、産湯をつかったという通称、柴又帝釈天。
 創建は、1629年(寛永6年)、下総中山法華経寺第十九世禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)による開山とし、事実上の開基はその弟子の第二代題経院日栄(だいきょういんにちえい)上人。

 帝釈堂本尊は板に宗祖日蓮が自ら板に帝釈天を刻んだというもの。板本尊と呼ばれているようです。「南無妙法蓮華経」のお題目を中央に、法華経薬王品の経文、片面は四天王を統括するという帝釈天の彫刻。当時(江戸時代)所在不明になっていたのですが、1799年(安永8年)本堂改修の際棟木の上から発見されたといいます。ちょうど庚申(かのえさる)の日だったので、それ以来庚申の日を縁日とし、江戸時代より帝釈天板本尊の霊験にあづかるべく庚申詣の参拝客でで賑わったといいます。

 柴又七福神巡りの毘沙門天は別称「多聞天」。四天王の一人で北方の守護神。帝釈堂内陣の板本尊の左側に安置、右側には持国天が安置され、正月7日間と庚申の日に拝観することができます。
 
   
柴又帝釈天(しばまたたいしゃくてん)

境内解説板 其の1


山号 経栄山 (きょうえいざん)
宗派 日蓮宗
本尊 大曼荼羅 (補足)
創建 1629年(寛永6年)
開基 禅那院日忠、題経院日栄
正式名 経栄山題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)
柴又七福神巡り札所(毘沙門天 帝釈堂本尊帝釈天の脇に安置)

(補足 日蓮宗の曼荼羅は「南無妙法蓮華経」の題目を中央に大書し、その周囲に法華経由縁の如来、菩薩、明王、天などの名を漢字や梵字で書したもの)

〒125-0052
東京都葛飾区柴又7丁目10番3号
電話 03(3657)2886

境内無料・庭園・彫刻ギャラリー共通拝観料要

交通アクセス
京成金町線「柴又駅」から徒歩5分
北総鉄道北総線「新柴又駅」から徒歩15分
矢切の渡し柴又側船着場より徒歩10分
◎ 東京都選定歴史的建造物

柴又帝釈天題経寺大客殿

所在地  葛飾区柴又7−10−3
設計者  大工棟梁  鈴木源治郎
建築年  昭和四年(1929)

 帝釈天題経寺は寛永年間に創建された日蓮宗の寺院で、境内には、文化・文政の頃の釈迦堂をはじめ、明治以降に建てられた諸堂が多く現存する。
 北側の和風庭園(邃渓園・すいけいえん)に面した大客殿は、信徒の接待所として設計された建物で昭和4年(1929)に完成した。この年には釈迦堂拝殿の造営も行われている。
 建物は木造、平屋建、総檜造りで、屋根は入母屋、桟瓦葦き。ガラス障子の広縁を巡らし、縁の正面中央に張り出し部分を設けているところが外観上の特徴である。建物内部は四部屋からなる書院造りで、一番奥の頂経の間が上段の間である。天井には杉の一枚板を鏡板に用い、折上げ部分に漆を塗っている。また、床の間には、近江の伊吹山山麓にあった「日本一」と言われる大南天の床柱がある。

東京都生活文化局

境内解説板 其の2

境内解説板 其の3

◎ 葛飾区指定有形民俗文化財

題経寺(柴又帝釈天)
だいきょうじ(しばまたたいしゃくてん)
諸堂内及び二天門にてんもん
建築彫刻一括

所在地 柴又七丁目10番3号
登録年月日  平成4年2月5日

 帝釈堂、祖師堂、二天門、には多くの木彫による建築浮彫装飾が施されています。特に帝釈堂は設計林門作、棟梁坂田溜吉の指導のもとに作られました、内陣外側の胴羽目(どうはめ)彫刻10枚は法華経説話を題材にして、加藤寅之助・金子光清・木嶋江運・石川信光・横谷光一・石川銀次郎・加府藤正一・山本一芳・今関光次・小林直光等の彫刻師により制作されました。大正12年(1923)9月、それぞれの彫刻師のもとに運ばれていた欅の彫刻材は、関東大震災によって、すべて焼失しました。その後欅材を全国に求め、発願から十数年の歳月を費やし、10枚の胴羽目彫刻は昭和9年に完成しました。
 彫刻の下絵は高山栄州が描いています。胴羽目の寸法はそれぞれ縦1.27m、横2.27m、厚さ20cm襖(ふすま)一枚の大きさです。
 他堂や二天門の内外に、施された彫刻も、同じように貴重なものです。

葛飾区立教育委員会

◎ 葛飾区指定有形民俗文化財

帝釈天出現由来碑

所在地 葛飾区柴又7丁目10番3号
指定年月日  昭和57年2月13日

 この碑は、安永8年(1779)題経寺本堂改修の時発見した日蓮上人自刻の帝釈天板本尊を後世に伝えるため、弘化2年(1845)俳人 鈴木松什および壇徒 石渡忠右衛門等などが協力し、その由来を記し、併せて帝釈天の功徳を述べている。
 碑の総高は、1.48メートル、撰文は宮沢雉神遊、書は荻原翬、刻者は窪世昌である。題経寺縁起の整ったものは、明治29年(1896)に作成されたが、本碑は、それ以前における由緒資料として貴重である。

葛飾区立教育委員会

 

柴又帝釈天周辺地図

 

 

柴又帝釈天写真

参道
二天門
水屋
大鐘楼堂
帝釈堂
帝釈堂扁額
祖師堂(本堂)
本堂扁額
釈迦堂(開山堂)
二尊像
渡り廊下
邃渓園(すいけいえん)

柴又帝釈天 写真解説

二天門
明治29年(1896年)の建立。入母屋造瓦葺の2階建ての楼門。日光東照宮の陽明門を模したと言われ、初層左右に平安時代の作といわれる増長天と広目天の二天像を安置。

大鐘楼堂
昭和30年完成。高さ約15m総欅造り、関東一の鐘楼と言われる。

帝釈堂
内殿は大正4年(1915年)、拝殿は昭和4年(1929年)の建立。
二天門を入った境内正面に位置し、入母屋造瓦葺の拝殿と内殿が前後に並んで建つ。
内殿に帝釈天の板本尊を安置し、持国天と多聞天(毘沙門天)を安置する。
帝釈堂内殿の外側は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われている。内殿は建物ごとガラスで覆われ、見学者用の通路を設け、「彫刻ギャラ
リー」として有料公開している。

祖師堂(本堂)
本尊は大曼荼羅。入母屋造の拝殿と内殿が前後に並んで建つ。

釈迦堂(開山堂)
江戸末期に建立された寺内最古の建築。釈迦如来立像と、開山日栄上人と中興の祖日敬上人の木像を安置。

邃渓園(すいけいえん)
大客殿前に広がる池泉式庭園で、昭和40年(1965年)、向島の庭師永井楽山の設計。
大客殿(東京都の選定歴史的建造物)は、「頂経の間」の「日本一」と言われる大南天の床柱は、直径30センチ、滋賀県の伊吹山にあった樹齢約1,500年の南天の自然木を使用したもの。座敷の手前の廊下から邃渓園を眺めることが出来る。

Copyright (C)  仏教 ・ bukkyo.net ・ All Rights Reserved ・