善光寺

今年は善光寺の七年に一度の御開帳の年です。

善光寺(ぜんこうじ)
山号 定額山(じょうがくさん)
宗派 天台宗と浄土宗の別格本山、二宗の共同運営
本尊 一光三尊阿弥陀如来(絶対秘仏)
創建年 伝・皇極天皇3年(644年)
開基 皇極天皇(勅願)
別称 信州善光寺、信濃善光寺
札所等 西国三十三箇所・坂東三十三箇所・秩父三十四箇所(各番外札所)
文化財 本堂(国宝)
三門、銅造阿弥陀如来及び両脇侍立像ほか(重要文化財)

所在地 長野県長野市元善町491
善光寺縁起

552年、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像が百済から日本へ伝えられる。(現存する日本最古の仏像)
642年、本尊が現在の地に遷座。
644年、本堂創建。
その後何度かの焼失をする。
1707年、現在の本堂完成。1953年、本堂が国宝に指定されている。

 善光寺の御本尊、一光三尊阿弥陀如来像は、中央に阿弥陀如来、向かって右側に観音菩薩、左側に勢至菩薩が一つの光背の中にお立ちになっています。欽明天皇の時代に百済の聖明王から献呈されたものだといわれる。
 本田(本多)善光の手で飯田市の現在の「元善光寺」に遷座、その後642年(皇極天皇元年)に現在地に遷座したと伝えられる。644年(皇極天皇三年)に勅願により伽藍が造営され、本田善光の名を取って「善光寺」と名付けられた

宗派
 善光寺は現在、天台宗(大勧進)と浄土宗(大本願)の住職が共に善光寺住職を兼ねる。
  大勧進の住職は「貫主(かんす)」と呼ばれる。
  大本願は尼寺で、代々公家出身者から「上人(しょうにん)」と呼ばれる住職を迎えている。

ご開帳
 7年に1度(開帳の年を1年目と数えるため、実際には6年に1度)、秘仏の本尊の代りである「前立本尊(鎌倉時代の作)」が開帳される。御開帳のとき以外は大勧進に安置されている。
善光寺本尊御開帳期間中は前立本尊と本堂の前に立てられた回向柱(えこうばしら)が紐で結ばれ、回向柱に触れると前立本尊に触れたのと同じご利益があるといわれている。
 

善光寺の諸堂

◎ 三門(山門)
 寛延3年(1750年)に完成した。平成19年(2007年)に修復工事がなされ、大正から昭和にかけての修理で檜皮葺きになっていた屋根が、創建当初の栩葺きに改められた。栩葺き(とちぶき)とはサワラの板材で屋根を葺く方式。 三門の内部には、四国八十八箇所の各寺院の本尊の代像が安置されている。
山門の額 「善」の字の上のチョンチョンが鳩になっている。平和の象徴?よく見てみよう。

◎ 三鐘楼・梵鐘
 1853年(嘉永六年)に再建された檜皮葺の建物で、南無阿弥陀仏の六字にちなんで6本の柱で建てられてる。梵鐘は1667年(寛文七年)鋳造の名鐘であり、重要美術品に認定されている。

◎ 善光寺本堂
本堂は1707年(宝永四年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定。
御本尊 一光三尊阿弥陀如来
その他の諸仏
びんずる尊者・閻魔像・来迎二十五菩薩・百観音・地蔵菩薩・弥勒菩薩・御三卿(本田善光卿・奥様の弥生御前・息子の善佐卿)

◎ 経蔵 重要文化財
 1759年(宝暦九年)に建立された宝形造りのお堂。内部に八角の輪蔵があり、『一切経』が収められている。この輪蔵を押し回すことで『一切経』を全て読んだのと同じ功徳がある。経蔵内には輪蔵を考案した傅大士と伝教・慈覚の両大師像が祀られている。

◎ 大回向柱(えこうばしら)
 一辺が45センチ角、高さ10m。上部が五輪塔になっている。お遍路や観音霊場巡礼で使用するの木のお杖の大きいものを思い浮かべていただくといいでしょう。
 この大回向柱、かつては松平藩、現在は長野市松代町よりの寄進がならわしとなっている。
 七年に一度開かれる御開帳に使用された大回向柱は、終了後には歴代回向柱と一緒に経蔵裏手に納められる(上の写真・歴代回向柱参照)。長さが違うのは、土に埋設された部分が土に還り、何度も埋めなおされるからです。

◎ 大勧進
 大勧進には本堂の万善堂の他、無量寿殿・不動堂・地蔵八角円堂・紫雲閣・宝物殿・聖天堂。奥書院は昭和八年に行在所(あんざいしょ)に指定。
 大勧進の住職は貫主(かんす)と呼ばれ、代々比叡山延暦寺より推挙される慣習。

◎ 大本願
 大本願には、本誓殿・奥書殿・明照殿・表書院・光明閣・寿光殿・宝物館などがあります。
 大本願は尼寺で、代々公家出身者から「上人(しょうにん)」と呼ばれる住職を迎えている。現在でも皇室関係の方が入山。

◎ 堂照坊 庚申堂。親鸞聖人ゆかりのお堂でもある。
 

 
 

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