増上寺
三縁山 広度院 増上寺
(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ)
通称 芝増上寺
宗派 浄土宗鎮西派
本尊 阿弥陀如来
創建 1393年(明徳4年)
開基 酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)
江戸三十三箇所21番札所
開山は1393年(明徳4年)、浄土宗第八祖酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)上人。江戸貝塚(現在の千代田区)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建。
1590年(天正18年) 徳川家康によって徳川家の菩提寺となり隆盛をきわめます。
1598年(慶長3年)現在の芝の地に移転。
江戸時代総録所として浄土宗の統制機関となり、境内地20余万坪一万石の大寺院になりました。 檀林(だんりん・僧侶の学問所及び養成所)がおかれ関東十八檀林の筆頭となり常時三千人もの修行僧がいたといわれています。、
1874年(明治7年)廃仏毀釈政策の信奉者により放火され堂宇を焼失、規模の縮小を余儀なくされ、その後、境内の多くが芝公園になります。
1945年(昭和20年)には、米軍による東京大空襲によって当時まで現存していた五重塔や徳川家将軍やその一族の霊廟もことごとく焼失してしまいます。
現在、増上寺の一万六千坪の境内には、焼失をのがれた三門・経蔵・黒門が現存しています。 霊廟には二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の6人の将軍墓所と、家茂夫人悲運の皇女和宮(静寛院)を含む正室5人、将軍の側室5人、その他、将軍の子女を含む計38人が眠っておられます。
増上寺・芝公園からの東京タワー
〒105-0011
東京都港区芝公園4-7-35
TEL:03-3432-1431
無休、拝観無料
交通アクセス
JR線・東京モノレール 浜松町駅から徒歩10分
都営地下鉄三田線 御成門駅から徒歩3分、芝公園から徒歩3分
都営地下鉄浅草線・大江戸線 大門駅から徒歩5分
都営地下鉄大江戸線 赤羽橋駅から徒歩7分
東京メトロ日比谷線 神谷町駅から徒歩10分
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増上寺写真
三解脱門
水盤舎
大梵鐘
幼少の法然像
増上寺本堂(大殿)
本堂扁額
安国殿
開山堂慈雲閣
増上寺経蔵
西向観音堂
子育て地蔵
四菩薩像
増上寺境内熊野神社
徳川家霊廟
増上寺会館
増上寺解説板
増上寺写真解説
三解脱門
(さんげだつもん、重要文化財)
慶長16年(1611) 徳川家康公の助成により、幕府の大工頭・中井大和守の配下によって建立されたもので、重要文化財の指定を受けている。略称を三門といい、貪欲・瞋恚・愚痴の三悪(三毒)を解脱するという意味からこの名がある。開口・十間余(約19m) 、奥行五間(約9m)、高さ七丈(約21m)の二層建てで、左右に三間(5.4m)の山廊を有している。
様式は、組み物などは唐様を中心とし、勾欄などに和様、天竺様が加味されている。楼内には慶長から元和年間にかけて京仏師によって作られた釈迦三尊像、十六羅漢像などが安置されている。
水盤舎
清楊院殿(三代家光の三男、甲府宰相綱重)の御霊屋にあったもの。
水盤舎はお参りする前に、この浄水で口をすすぎ、手を洗い、心身を清めたもので水鉢には「洗心」などの銘が刻まれていることがある。柱には、水に縁のある建物の特徴として、波を形どった刻り物がある。
大梵鐘
延宝元年(1673)、品川御殿山で椎名伊予守によって鋳造されたもので、高さ一丈(約3m)重さ四千貫(約15t)の大梵鐘。時の将軍家綱(四代)の命により、奥方のかんざしなど多くの寄附を集めて江戸で初めて作られた鐘である。
今鳴るは 芝か上野か 浅草か
江戸七分 ほどは聞える 芝の鐘
この大梵鐘は、木更津まで響いたといわれ、江戸庶民に親しまれ、多くの川柳を生んでいる。
鐘楼堂自体は戦後の再建。
増上寺本堂(大殿)
1974年(昭和49年)の再建。
安国殿
『安国殿と黒本尊』
この建物は家康公の法名(安国殿)からその名をとり、本尊は家康公の念持仏として有名な「黒本尊阿弥陀如来」である。この黒本尊は秘仏で、正月、五月、九月の各十五日、年三回行われる祈願会の時だけご開帳される。
また両脇陣には、和宮像、聖徳太子像、仏舎利などが祀られており、庶民の信仰の中心として親しまれている。
増上寺経蔵
徳川家康公の助成により建立。東京都の有形文化財に指定されている。
四菩薩像
正面から、普賢菩薩(辰年守本尊)、地蔵菩薩(子育地蔵)、虚空蔵菩薩(丑寅守本尊)、文殊菩薩(卯年守本尊)
元は北西の地蔵山にあり、西向きの観音像に対して東向きであった。正嘉2年(1258)の作と伝えられる古像である。(杉浦米氏奉納の立て看より)
増上寺境内熊野神社
ゆやじんじゃと読む。正式には熊野三所大権現宮(ゆやさんしょだいごんげんぐう) 。1624年(元和十年)、増上寺の鎮守として東北の鬼門に勧請。御神体は熊野三山。
熊野本宮大社 家津御子大神(ケツミコノオホカミ)
熊野那智大社 大己貴命(オオナムチノミコト)
熊野速玉神社 伊弉諾尊(イザナギノミコト)
徳川家霊廟
戦災に遇うまで、増上寺の南側に二代将軍秀忠、北側に六代家宣、七代家継などの御霊屋があった。これらは当時の建築技術の粋を結集したもので、各々国宝の指定を受けていたが、現在は入り口の「鋳抜門」と二代将軍宝塔にその面影を残しているのに過ぎない。
将軍のほかには、静寛院宮(=和宮、家茂の御台所)、崇源院(家光の母、お江与)、桂昌院(綱吉の母、お玉)などが合葬されている。
*** 10名以上の団体様についてのみ、徳川将軍家霊廟の拝観が可能。(案内なし・志納金要)
『佛教』
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